少年野球発祥の地 神岡町
飴売り節の里


”明治から平成まで、ロングランを続けるコマーシャルソング”
飴売り節
(新町あめうり節)

♪ハアー神宮寺新町日暮れに通うたば
姉と妹が門立ちなさる
♪ハアー姉もよけれど妹におとる
妹欲しさにご立願(ごりょがん)かけた

○新町飴売り節の舞台と人物
神宮寺新町は現在の神岡町北楢岡です。
○歌詞の姉妹は実在の人物です
姉オソノ嘉永4年(1851)〜明治38年(1905)
妹オクニ安政元年(1854)〜昭和16年(1941)
この歌が作られたときは慶応元年(1865)
姉オソノが15歳、妹オクニが12歳の時です。
○飴売り節の作者、小林カネ(天保9年(1838)〜大正6年(1917))は即興の唄の名手だった
・北楢岡の【清五郎問屋】で、夕食後の炉端話。
出羽の久保田から来た駄賃ツケ(運搬業)の【庄司の息子】が「オレはいまきれいな娘っこ二人見てきた。
姉もよかったけれど妹の方が美人だった。
嫁っこに欲しいものだ。」で一座が盛り上がった。
・近所の主婦小林カネがその場に居合わせ即座に唄にした

−−−−新町あめうり節元唄−−−−
♪ハアー出羽の久保田の庄司が息子
♪ハアー神宮寺新町日暮れに通ったば
姉と妹が門立ちなさる
♪ハアー姉もよいども妹に劣る
妹欲しさにご立願(ごりょがん)かけた
♪ハアー一つ蛭川のお薬師様よ
二つ福島の白旗様よ
♪ハアー三つ宮田の笠置の明神
四つよしかわ(峰吉川)の白滝不動よ
♪ハアー五つ筏の仙人様よ
六つお向げの御岳の神よ
♪ハアー七つ楢岡の木の宮様よ
八つ八沢木の保呂羽の社
♪ハアー九つ小杉山の観音様よ
十に戸月の龍蔵権現
♪ハアー掛けたご立願(ごりょがん)叶ったときは
百匁(め)ロウソクひと臼餅で
♪ハアーもしも立願(ごりょがん)叶わぬときは
三十三ひろの蛇体となりて
♪ハアー角を振り出し鱗を立てて
参る道者(どしゃ)衆の道はば止める
♪ハアーヤンレー

−−−−現在のあめうり節−−−−
(歌いはじめの部分は地域によって少しちがいがある)
♪ハアーわたしゃ商売飴売り商売
鐘こたたいて毎日まわる
♪ハアー神宮寺新町日暮れに通ったば
姉と妹と門立ちなさる
♪ハアー姉もよいども妹に劣る
妹欲しさにご立願(ごりょがん)かけた
♪ハアー一にきのとの大日様よ
二に新潟の白山様よ
♪ハアー三にさぬきの金比羅様よ
四に信濃の善光寺様よ
♪ハアー五に筏隊の仙人様よ
六に六角堂の六地蔵様よ
♪ハアー七つ南部の恐山様よ
八つ八幡の八幡様よ
♪ハアー九つ熊野の権現様よ
十にところの産土神(うぶすな)様よ
♪ハアーかけた立願(ごりょがん)叶わぬときは
世に恐ろし大蛇となりて
♪ハアー角が生えくる牙生えかかる
堰川は橋とぞ架かり
♪ハアー往来の道者衆皆々おどして
悩ますヤンレー

○飴売り節のなかま
歌い終わりのヤンレーが共通の唄が多くある

「殿さ節」山形、神奈川、埼玉、東京、八丈島
「新保広大寺」(飴売り節のルーツ)新潟県、全国各地
「鈴木主人」富山、東京
「宮城野信夫」(上川原節=じょんがら節)青森

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